麻生区の町の誕生年 百合丘は1961年、はるひ野は2006年

千代ヶ丘の配水塔と、そのまわりに建つ住宅。手前に葉の落ちた木が並ぶ
写真:インターネット川崎ガイド/CC BY 3.0(出典(別のウィンドウで開きます)・縮小)

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近所で足場が組まれた。向かいの家も、去年、屋根を直していた。「この辺の家、そろそろそういう時期なのかな」と思ったことはありませんか。

実は、麻生区の町の多くには「誕生日」があります。山や畑を区画整理して、道と宅地の形が決まった日です。市の一覧(2019年3月1日現在)を読むと、区画整理を終えた麻生区の地区は19。いちばん古いのは1961年、いちばん新しいのは2007年でした。

この記事では、19地区を年の順に全部並べ、28地区の一戸建ての割合と合わせて見ます。そのうえで、給湯器・屋根・外壁・水回りの「点検の目安」を、公的な資料の範囲でまとめました。※現地には行っていません。公式の資料を読んでまとめています。

日曜の朝

ポン君

この通り、外壁の工事が続いてる

ポン君

うちも、そろそろ……?

ポン君

えっ

リンちゃん

百合丘の町の形が決まったのは、1961年よ

ポン君リンちゃん

町にも誕生日があるんだ!

家の年は別。書類で見てね

先に答え:いま、手元でできること
  • 自分の町が何年に形を決めたかは、下の早見で分かります。ただし町の年は、家の年ではありません。
  • 家が建った年は、登記の書類や、建てたとき・買ったときの書類で確かめます。
  • 給湯器は、灯油の給湯器なら本体に「設計標準使用期間」の表示があります(2009年4月以降の製品)。
  • 外壁・屋根・水回りは、住宅金融支援機構の「点検時期の目安」が使えます。数える起点は、町の年ではなく、建てた年か前に直した年です。

「町の誕生年」って、何の日のこと?

ここで言う誕生年は、土地区画整理事業の換地処分の公告の日です。

区画整理は、ばらばらの形の田畑や山林をまとめ、道路や公園をつくり、宅地を配り直す事業です。配り直した土地の位置と形が正式に決まり、そのことを公に知らせるのが、換地処分の公告。市の一覧の説明では、事業の完了時に、土地の位置・地番・形状が図面にまとめられます。いわば、町の形の「確定日」です。

使ったのは、川崎市の「土地区画整理事業 完了地区一覧(2019年3月1日現在)」です。町丁目の欄は、市が「目安となる町丁目名」として書いているもので、境目がぴったり一致するとは限りません。

麻生区の19地区、いちばん古いのはどこ?

換地処分の公告の日の順に、全部並べます。かっこ内は施行面積です。

  • 1961年11月生田(百合丘1〜3丁目・東百合丘4丁目・高石4丁目)60.8ha
    施行者は都市再生機構
  • 1971年7月細山(千代ケ丘5〜7丁目)18.8ha
  • 1973年9月早野(虹ケ丘1〜3丁目・王禅寺)35.3ha
  • 1976年10月柿生第二(白鳥1〜4丁目・栗平1〜2丁目)32.8ha
  • 1979年10月黒川第一(南黒川・栗木台2〜3丁目)9.4ha
  • 1981年11月細山第二(千代ケ丘7〜9丁目)16.4ha
  • 1982年1月栗木第一(栗平1〜2丁目・栗木台1〜5丁目・南黒川)63.8ha
  • 1982年8月柿生第一(五力田1〜3丁目・片平1・2・5丁目・白鳥1丁目)45.7ha
  • 1984年3月新百合丘駅周辺特定(上麻生1〜3丁目・万福寺1〜2丁目・百合丘2丁目)46.4ha
  • 1987年8月金程向原(金程1〜4丁目・向原1〜3丁目)61.0ha
  • 1987年10月山口台(上麻生2〜4丁目・王禅寺西6丁目)28.8ha
  • 1999年3月栗木第二(栗木1〜3丁目)44.2ha
  • 1999年3月川崎市向原(向原2丁目)6.0ha
  • 2002年5月細山西(細山8丁目)1.6ha
  • 2002年9月五力田(白鳥4丁目)13.3ha
  • 2003年8月細山金井久保(細山7丁目)4.6ha
  • 2006年3月黒川特定(はるひ野1〜5丁目・黒川)80.5ha
    施行者は都市再生機構
  • 2007年4月片平(片平6〜8丁目)11.8ha
  • 2007年12月万福寺(万福寺3〜6丁目・万福寺・千代ケ丘1丁目)36.9ha

19地区のうち、施行者が都市再生機構なのは生田と黒川特定の2つ。残りの17地区は、組合(土地区画整理組合)が行いました。

麻生区の区画整理19地区を、換地処分の年の順に並べた横棒グラフ。棒は2026年までの年数。生田1961年で65年、細山1971年で55年、早野1973年で53年、柿生第二1976年で50年、黒川第一1979年で47年、細山第二1981年で45年、栗木第一と柿生第一1982年で44年、新百合丘駅周辺特定1984年で42年、金程向原と山口台1987年で39年、栗木第二と川崎市向原1999年で27年、細山西と五力田2002年で24年、細山金井久保2003年で23年、黒川特定2006年で20年、片平と万福寺2007年で19年
区画整理19地区の換地処分の年と、2026年までの年数。年数は「2026−公告の年」で、こちらで計算しました。色の薄い棒は1999年以降の地区です。出典:川崎市「土地区画整理事業 完了地区一覧」(2019年3月1日現在)。私たちで作成。

並べてみると、気づくことが2つあります。

ひとつは、1980年代までに11地区が終わっていること。19地区の面積を足すと618.1haで、そのうち1987年までの11地区で419.2ha、約68%になります(こちらで計算)。

もうひとつは、1987年10月の山口台から、1999年3月の栗木第二まで、11年あまり空いていること。その後の8地区は、はるひ野(80.5ha)・栗木第二(44.2ha)・万福寺(36.9ha)をのぞくと、どれも15ha未満の小さな地区です。細山西はわずか1.6haでした。

地区の名前と、いまの町名がちがうのはなぜ?

ポン君あれ? 「細山」って地区なのに、中身は千代ケ丘だよ。「早野」も虹ケ丘になってる。

リンちゃん地区の名前は、もとの村や大字の名前なの。区画整理のあとで、新しい町名が付いたのよ。

市が委託した地名の報告書(日本地名研究所、2018年)を読むと、そのとおりでした。千代ケ丘は旧細山の字の地域で、1971年に区画整理で1〜7丁目の町名ができた、とあります。虹ケ丘は、1973年の区画整理で、早野と王禅寺の一部に、横浜市の一部も取り入れてできた町です。

南黒川も、黒川の字宮添の一部を区画整理してできた町で、報告書には面積わずか8haとあります。はるひ野は、2004年に都市基盤整備公団(いまのUR)が開発し、2006年に1〜5丁目ができました。開発した側が「春を連想する明るい町」として入居者を募り、駅名ができて、町の名があとに続いた、と書かれています。

つまり、早見の「地区名」は昔の地名、カッコの中が今の住所です。家の書類に古い地名が出てきても、あわてなくて大丈夫です。

弘法松公園。葉の落ちた木が並ぶ広場に、木の棚(パーゴラ)があり、奥に建物が見える
百合丘の弘法松公園。百合丘は、1960年に公団の住宅ができ、多くの人の入居とともに生まれた町だと、地名の報告書にあります。(撮影:isoシン(iso529)/CC BY-SA 3.0・出典。撮影の時期は、いまの様子とはちがうかもしれません)

一戸建てが多い町、少ない町は?

手入れの話をする前に、もうひとつ見ておきたいのが「家のかたち」です。マンションか一戸建てかで、屋根や外壁を決めるのが自分か、管理組合か、が変わるからです。

麻生区の「地区カルテ」には、28地区ごとに、住宅の建て方別の世帯の割合が載っています(令和2年国勢調査の小地域集計)。一戸建ての世帯の割合を、高い順に全部並べました。

麻生区28地区の一戸建ての世帯の割合の横棒グラフ。早野83.4%、王禅寺82.8%、王禅寺東72.6%、金程63.7%、向原61.0%、細山59.2%、王禅寺西54.7%、東百合丘54.6%、多摩美53.1%、栗木台52.9%、千代ケ丘52.4%、栗木51.5%、白鳥41.5%、古沢41.1%、片平40.7%、岡上39.7%、はるひ野39.5%、下麻生35.8%、高石32.0%、五力田31.2%、上麻生28.1%、栗平25.0%、黒川24.2%、虹ケ丘17.4%、万福寺16.6%、百合丘16.3%、南黒川3.7%、白山0.1%
28地区の一戸建ての世帯の割合(令和2年国勢調査)。出典:川崎市麻生区「麻生区地区カルテ(地域情報シート)」各地区のPDF(ページ更新 2026年7月23日)。私たちで作成。

いちばん高いのは早野の83.4%、次が王禅寺(町名が「王禅寺」だけの地区)の82.8%。いちばん低いのは**白山の0.1%**で、共同住宅などが99.9%です。白山は、高層住宅の街として計画された町だと、地名の報告書にあります。

区画整理の地区と重ねると、こう読めます(地区の範囲とカルテの範囲は、ぴったりは重なりません)。

  • 一戸建てが半分を超える区画整理の町:金程(63.7%)、向原(61.0%)、細山(59.2%)、栗木台(52.9%)、千代ケ丘(52.4%)、栗木(51.5%)
  • 共同住宅が多い区画整理の町:南黒川(3.7%)、百合丘(16.3%)、万福寺(16.6%)、虹ケ丘(17.4%)、栗平(25.0%)
  • その間:白鳥(41.5%)、片平(40.7%)、はるひ野(39.5%)、五力田(31.2%)、上麻生(28.1%)

一戸建ての多い町ほど、屋根や外壁を、それぞれの家で決める場面が多くなります。

一覧に載らない町は、いつできた?

王禅寺東、多摩美、白山、高石の大部分などは、区画整理の一覧に出てきません。どんな方法で住宅地になったのかは、今回の資料では町ごとに確かめきれていません。

ここは、代わりに、さきほどの地名の報告書で確かめられた年を並べます。ただし、多くは住居表示(住所を「◯丁目◯番◯号」に改めること)の年です。住所の表し方が変わった年で、家が建った年でも、造成が終わった年でもありません。

  • 1960年百合丘:公団住宅が完成し、入居とともに町ができた
    区画整理(生田)の換地処分は1961年
  • 1978年多摩美1〜2丁目・細山1〜7丁目:住居表示
    多摩美は昭和30年代から住宅開発が進んだ、とある
  • 1981年白山1〜5丁目:住居表示。細山8丁目と千代ケ丘8〜9丁目もこの年
  • 1982年東百合丘1〜4丁目:麻生区の誕生に合わせて住居表示。片平1〜5丁目も区画整理がほぼ終わり、住居表示
  • 1984年高石1〜6丁目:住居表示
  • 1999年上麻生5〜7丁目:住居表示
  • 2001年王禅寺西8丁目・王禅寺東3〜6丁目:住居表示
  • 2003年下麻生1〜3丁目:住居表示

早野と岡上は農業振興地域を含み、丁目のない細山は市街化調整区域だと、報告書にあります。この3つと黒川・古沢は、町全体に「この年」と言える資料が見つかりませんでした。王禅寺東1〜2丁目、王禅寺西1〜5・7丁目の年も、今回の資料では確かめられませんでした。

片平の県道。道路の上に「町田・鶴川」「柿生駅」「黒川」と書かれた青い案内標識があり、道の両側に住宅が並ぶ
片平を通る県道3号。片平は1〜5丁目が1982年、6〜8丁目が2007年と、同じ町名でも年がちがいます。(撮影:Aimaimyi/CC BY-SA 3.0・出典。撮影の時期は、いまの様子とはちがうかもしれません)

家の手入れは、何年ごとが目安?

ここからが本題です。家は、建った年から(前に直した部位は、直した年から)、部位ごとに手入れの時期が来ます。住宅金融支援機構は、木造の一戸建てについて「点検時期の目安」と「取替えの目安」を一覧にしています。主なものを抜き出しました。

  • 給湯器点検は1年ごと。取替えは10年くらいで検討
  • 屋根(化粧スレート)点検は4〜6年ごと。全面の葺き替えは15〜30年くらいで検討
  • 屋根(瓦)点検は5〜6年ごと。全面の葺き替えは20〜30年くらいで検討
  • 屋根(金属板)点検は2〜3年ごと。全面の葺き替えは10〜15年くらいで検討(3〜5年ごとに塗り替え)
  • 外壁(窯業系サイディング)点検は3〜4年ごと。全面の補修は15〜20年くらいで検討
  • 外壁(モルタル・タイル)点検は2〜3年ごと。全面の補修は15〜20年くらいで検討
  • 水回り点検は1年ごと。給水管・キッチン・トイレは15〜20年くらい、蛇口などは10〜15年くらい、ユニットバスは10〜15年くらいで取替えを検討

機構の表には、注意書きがあります。立地や使い方、ふだんの手入れで変わる、だいたいの目安だ、ということです。屋根については、台風や強い風のあとに浮きやがたつきを見ること、そして自分で屋根に上がるのは転落のおそれがあって大変危険なので、修理は専門の業者に頼むこと、とも書かれています。

では、町の年と、どうつなげればいいのでしょう。こちらで整理すると、次のとおりです。

  • 1980年代までに形が決まった11地区は、2026年で39〜65年。ただ、そのあとに建て替えた家や、大きな修繕をすませた家もあります。町の年から、家の状態は分かりません。
  • 1999年以降の8地区は、19〜27年。町ができたころに建った家なら、築年数は外壁の全面補修(15〜20年くらい)や、スレート屋根の葺き替え(15〜30年くらい)を検討する目安と重なります。
  • どちらにしても、数える起点は家ごとです。町の年が古くても、家が新しいことはよくあります。

「築◯年だから壊れる」という話ではありません。目安は、点検してもらうきっかけとして使うものです。

高台から見たはるひ野の街。手前に屋根の色がさまざまな一戸建てが並び、中ほどに大きな建物、奥に緑の丘と送電線の鉄塔が見える
はるひ野の街並み(2011年10月の撮影とされる写真)。換地処分は2006年で、麻生区の区画整理の中では新しい町です。(撮影:多摩に暇人/CC BY 3.0・出典。いまの様子とはちがうかもしれません)

給湯器の「年」は、どこを見れば分かる?

給湯器は、ほかの部位とちがって、国の制度があります。経済産業省の長期使用製品安全点検制度です。

  • 対象は、いまは石油給湯機と石油ふろがま(灯油を使うもの)の2つ。2009年4月1日以降に作られた製品です。
  • 本体に、製造年月、設計標準使用期間(安全に使える目安として、メーカーが科学的に確かめて決めた期間)、点検期間、問い合わせ先が表示されます。
  • 所有者の登録をしておくと、点検の時期にメーカーから通知が届きます。点検は有料です。

ガスの給湯器はどうでしょう。屋内式のガス瞬間湯沸器と屋内式のガスふろがまは、2021年8月1日に、この制度の対象から外れました。事故の率が大きく下がったためと、経済産業省は説明しています。対象から外れた製品でも、メーカーの点検を受けることをすすめています。

ガスの給湯器の製造年は、取扱説明書や保証書、取り付けたときの書類、メーカーの窓口で確かめるのが確実です。

中古の家を買った人へ、ひとつ。灯油の給湯器が付いていたら、所有者の登録の変更は新しい持ち主が行う、と経済産業省のパンフレットにあります。

耐震は、どう考えればいい?

手入れとは別に、地震への備えもあります。川崎市は2026年4月から、木造住宅の耐震診断士の無料派遣と、耐震改修の助成の対象を、2000年(平成12年)5月31日以前に建てられた木造在来工法の住宅(2階建て以下)まで広げました。改修助成の受付は、毎年度4月から10月末までです。対象かどうかは、町の年ではなく、家の建築の時期で決まります。制度のくわしい話と、うちが対象かどうかの確かめ方は「2000年5月までの木造も耐震診断が無料に 麻生区19地区の早見」にまとめました。

業者を選ぶ前に、手元でそろえることは?

見積もりを取る前に、次の4つが分かっていると、話が早く進みます。

  • 家が建った年(登記の書類、建てたとき・買ったときの書類)
  • 前に屋根・外壁・水回りを直した年と、その中身
  • 給湯器の種類(灯油かガスか)と、製造の年
  • 屋根と外壁の材料(スレート・瓦・金属、サイディング・モルタルなど)。新築のときの図面や仕様書にあります

住宅金融支援機構は、点検を確実にするために、新築のときの図面や仕様書を保管しておくよう、すすめています。古い書類の束の中に、次の一歩の手がかりがあるかもしれません。

出典

内容は変わることがあります。最新は、川崎市・各機関の公式の案内で確認してください。

掲載内容は最終確認日時点のもので、変わることがあります。営業時間・料金・予約や申し込みの方法など、正確な情報は、店舗・施設・主催者・役所の公式の案内でご確認ください。当サイトでは、掲載先についての個別のお問い合わせにはお答えできません。