五月台駅の住所は「五力田」 駅名の「五」と「台」は、どこから来た?

最終確認日
五月台駅の住所は、「五月台」ではありません。川崎市の資料に書かれているのは、川崎市麻生区の「五力田(ごりきだ)」です。小田急電鉄の駅の案内には、字が小さい「五カ田」と書かれています。
駅名と住所が、ちがう。その理由が、市の資料に書かれていました。読むと、駅の名前が少し好きになります。
この記事は、公開されている資料だけで、五月台駅のまわりを掘ります。私たちは現地には行っていません。見に行ったようには書きません。
犬五月台なのに、住所は五力田? しかも「ごりきだ」って読むの?
猫そう。駅の名前は、住所の字を組み合わせてつくった名前なの。順に話すわね。
この駅だけの一言は、何?
五月台駅の一言は、これです。
駅名は、五力田の「五」と大台の「台」でつくった名前。駅が先で、町があと。
市の委託調査の報告書(日本地名研究所、2018年)によると、駅名は、五力田の「五」と、字(あざ)の「大台」の「台」をとり、五月の明るいイメージにふさわしい街づくりを願ってつけられました。「五」と「台」を取り、「月」を足して、五月台。
ほかの駅には言えません。駅のまわりは、もとは水田でした。駅ができたあとで宅地になり、そのあとで町の名前(住居表示)がつきました。順番が、ふつうの町とは逆です。年表は、あとの章で見ます。
「五力田」って、どんな地名?
読み方は「ごりきだ」です。報告書は、名前の由来を2つ並べています。
- 五人の力で耕せるくらい、狭い土地だった(五反田と同じ考え方)
- 地元には、近江(いまの滋賀県)から来た「五人力」の男が、水田を開いたという言い伝えがある
どちらも、「五人」が出てきます。古くは「伍力田」とも書かれました。
もうひとつ、報告書には、へえ、と思う数字があります。五力田村は、江戸時代の元禄のころまで、石高(田畑の収穫を米の量で表した数字)が39石8斗6升5合でした。川崎市域でもっとも石高の低い村だった、と書かれています。
狭い土地の村。それが、いまの五力田です。
いつ、何があった?
- 1594年(文禄3年)片平郷の水帳(田畑の帳簿)に、五力田の地名と田畑が載る。この時は片平郷の一部
日本地名研究所の報告書(2018年) - 1599年ごろ(慶長4年)片平郷が片平村になり、水帳から五力田の名が消える。報告書は、このころに五力田村ができたと「思われる」と書く
同上(推測として書かれています) - 1889年(明治22年)柿生村の大字五力田になる
同上 - 1912年(明治45年)村の中にあった諏訪社と六所社が、鎮守の白鳥神社に合わせてまつられる
同上 - 1939年(昭和14年)川崎市に入る
同上 - 1974年(昭和49年)6月1日小田急多摩線が開通し、五月台・栗平・黒川の駅ができる
麻生区役所のあゆみ(2024年3月27日更新)。6月1日は、小田急のハンドブック2021の開設日 - 1976年(昭和51年)白鳥1〜3丁目の住居表示。片平の字「吾妻」と、五力田の一部の区画整理
日本地名研究所の報告書 - 1977年(昭和52年)駅のまわり(かつての「池ノ谷」の水田)で、宅地造成の工事が始まる
同上 - 1982年(昭和57年)五力田1〜3丁目の住居表示。同じ年に麻生区ができる
同上、麻生区役所のあゆみ - 2002年(平成14年)五力田の一部が白鳥4丁目になる
日本地名研究所の報告書
駅の開業(1974年)から、町の名前がつく(1982年)まで、8年あります。駅は、町ができる前から、そこにありました。
駅のまわりは、もとは何だった?
報告書によると、駅の周辺は、かつて「池ノ谷」と呼ばれた水田地帯でした。1977年から宅地造成の工事が行われ、いまは一面が住宅地になった、とあります。
となりの町名にも、名残があります。
- 高尾根:「大台」でいちばん高い所の名前で、戦時中は監視塔があったそうです。小田急線にかかる「高尾根橋」や、五力田3丁目の「五力田高尾根公園」に、名前が残っています
- 仲村通:五力田2丁目の「五力田仲村通公園」は、ここがもとは片平の字「中村通」だった、という理由の名前です
- 赤せき:3丁目の東のほう。葉積川に作られた堰のまわりの崖がくずれて、赤い土が見えていたので、そう呼ばれた、といわれます
標高は、国土地理院のデータで約69m。7駅の中では、5番目に高い駅です。くわしくは 麻生区の7駅は、標高差が約64m へ。
駅の住所は、2丁目? 3丁目?
小田急電鉄の駅の案内に書かれている住所は、「川崎市麻生区五カ田3-18-1」です(字が小さい「カ」で書かれています)。
一方、市の委託調査の報告書は、五月台駅を「五力田二丁目」にあると書いています。小田急の自転車の駐輪場は2丁目、月ぎめの駐車場は3丁目です。
食い違う理由は、資料からは読めませんでした。駅の敷地が、2つの丁にまたがっている可能性もありますが、確かめられていません。どちらかに決めず、並べて書きます。
駅からのバスは、どこから出る?
結論から。区役所がつくっているバス路線図には、「五月台」という名前のバス停が、ありませんでした。
麻生区役所の「麻生区内バスルートマップ」のPDF(2026年)で、五月台駅のあたりを見ました。駅の近くには、バスの線がありません。いちばん近い緑の線は、駅の南西側を通っています。
路線図で読み取れたのは、次のことです。
- 栗平駅の停留所から、「吾妻」「片平中央」「善正寺」「片平四丁目」「寺台入口」「柿生駅入口」の順に、柿生駅北口へ向かう線がある
- この線の終わりに近い所に、「柿22」「柿23」「柿24」「柿25」の札が付いている(柿生駅の系統の番号)
- 栗平駅の停留所には「iバス」という札が付いている(何の名前かは、読み取れませんでした)
どの停留所に、どの系統が止まるのか、いつ走るのかは、この図からは読めません。五月台駅の人が、どこから乗るのが近いのか。小田急電鉄の駅の案内には「バス停」の項目がありますが、中身は読めませんでした。
使い方の手順は、麻生区のバスの使い分け に書きました。出かける前に、小田急バスと川崎市バスのバスナビで、確かめてください。
学校は、どこ?
川崎市の学区の一覧(町丁名順)で、駅のまわりの町を調べました。
- 五力田1〜3丁目、五力田片平小学校と、白鳥中学校(小学校→中学校の順)
- 白鳥1〜4丁目こちらも、片平小学校から白鳥中学校へ
- 片平5〜8丁目小学校は片平小学校。片平1丁目の大部分も同じ
片平1丁目4番と、片平2〜4丁目は、柿生小学校 - 片平1〜8丁目中学校は、全域が白鳥中学校です
この学区の一覧は、市のページが2017年11月の更新のものです。古い可能性があります。 番地までの学区は、学校か、区役所の窓口で確かめてください。
片平小学校の公式ページによると、2026年度(令和8年度)は、91名の新入生を迎え、全校の児童は608名です。住所は、片平5丁目28番1号。
町のくらしの数字
ごみの収集日は、五力田・白鳥・片平とも同じ曜日です(川崎市の収集日一覧、2026年4月1日更新)。
- 普通ごみ火曜・金曜
- プラスチック資源月曜
- ミックスペーパー水曜
- 空き缶・ペットボトル・空きびん・乾電池木曜
粗大ごみ・小物金属は、第2・4回目の木曜です(五力田・白鳥・片平の場合)。
駅の乗り降りの人数は、小田急電鉄の公表で、2025年度が1日平均10,025人(前の年から3.5%増)。小田急の表では61位でした。ほかの駅との比べ方は、麻生区の7駅の乗降人員 にまとめています。
いつ、だれが使う駅?
出どころは、小田急電鉄の駅の案内です。
- 改札から、ホームへ南口・北口から改札口、改札口から上り・下りホームへ、エレベーターがある
車いすの人は、来る前に新百合ヶ丘駅(044-955-5352)へ連絡。ほかの駅の係員が手伝います - 駅係員がいる時間9時35分〜12時、14時〜17時50分
不在のときは、インターホンで呼び出す - 子ども連れおむつ替えの設備、ベビーチェア
- 銀行のATM改札の外。横浜銀行。平日6時〜24時、土日祝日7時〜24時
- 自転車「オダクル五月台第2」(五力田2丁目)。24時間、10時間で110円。二次元コード決済だけで、現金と交通系ICは使えない
駅のまわりに、昔からあるものは?
報告書にある、駅の近くの「昔」を、並べます。
- 白鳥神社:白鳥・片平・五力田・栗平の鎮守。祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)。白鳥の町名は、この神社の名からつけられました。駅のある五力田も、この神社を鎮守とする地区です
- 柿生学園:もとは、片平の「全明寺」があった所。全明寺は、明治5年(1872年)に廃寺になりました。本尊の薬師如来は、「寅薬師」と呼ばれ、修広寺に安置されています
- 片平仲町遺跡公園:片平3丁目と4丁目の境にある。石段を上った見晴らしのよい所で、縄文時代の中ごろから終わりの敷石住居が見つかった所
ほかにも、五力田2丁目と白鳥1丁目の境の「相ノ坂」は、むかし五力田村と片平村の村境だった、と報告書にあります。坂の名前に、村の境が残っている。そう読めます。
1年のうち、いつ行けばいい?
駅から歩ける範囲の行事で、日にちが公式の資料で確かめられたものは、今回は見つけられませんでした。わからないことは、書きません。
麻生区の秋の催しは、麻生区の秋、10月〜11月のお出かけカレンダー にまとめています。
小田急電鉄の駅の案内には、「ODAKYU VOICE」のまち紹介として、「食と健康が身近に感じられる自然豊かな街・五月台」という題のページへのリンクがあります。私たちは、そのページの本文を開けなかったので、中身は書きません。
3問クイズ あなたは解けた?
Q1 「五月台」の名前は、何と何からできている?
五力田の「五」と、字の大台の「台」です。五月のイメージにふさわしい街づくりを願って、つけられました(日本地名研究所の報告書)。
Q2 五月台駅のまわりは、駅ができる前は、何だった?
池ノ谷と呼ばれた水田地帯です。1977年から宅地造成の工事が始まりました(同じ報告書)。
Q3 五力田村は、元禄のころまでの石高が、川崎市域で何だった?
39石8斗6升5合で、川崎市域でもっとも低い村でした(同じ報告書)。
よくある疑問5つ
住所は、何丁目?
小田急電鉄の駅の案内では、五カ田3-18-1(「カ」が小さい字)です。小田急の駐輪場・駐車場の案内と、同社のハンドブック2021では、「五力田」と書かれています。市の委託調査の報告書は、2丁目と書いています。理由は、確かめられませんでした。
駅の近くに、バス停はある?
区役所のバス路線図には、「五月台」という名前の停留所が見あたりませんでした。いちばん近い路線は、駅の南西側を通り、片平中央、善正寺、片平四丁目などの停留所があります。駅からの距離は、図からは読めません。出かける前に、小田急バスと川崎市バスのバスナビで確かめてください。
学区は、どこ?
五力田は、片平小学校と白鳥中学校です。ただし、市の一覧は2017年の更新で、古い可能性があります。番地ごとの学区は、学校か区役所で確かめてください。
急行は、止まる?
2025年3月15日のダイヤ改正で、急行が新百合ヶ丘〜唐木田間の各駅(五月台を含む)に停車するようになった、と鉄道の専門ニュース(railf.jp)が伝えています。小田急電鉄の公式のお知らせは、今回、開けませんでした。時刻と停車の種類は、小田急の乗換案内で確かめてください。
駅に、いつも駅員さんはいる?
小田急の案内では、駅係員の配置は、9時35分〜12時と、14時〜17時50分です。それ以外は、インターホンで呼び出します。
駅の名前に、町の願いがこもっていること。狭い土地の村だった五力田の「五」を残し、明るい五月を足した。駅ができたのは1974年。町の名前が決まるのは、8年あとです。駅名は、町の名前が決まる8年前に、五月の明るいイメージにふさわしい街づくりを願ってつけられました。
次の一歩
次に五月台駅で降りることがあったら、駅名標と、改札の案内に出ている「五力田」の字を見てみてください。
この駅のとなりや、周りの話は、こちらへ。
- 駅の名前と地名のなぞ:「新百合ヶ丘」は、住所にない
- 区の7駅を、同じ物差しで:麻生区の7つの駅を並べてみた
- 標高:麻生区の7駅は、標高差が約64m
- バス:麻生区のバスの使い分け
- 区でいちばん古い駅:柿生駅は、村じゅうで負担して呼んだ駅
- 町の一覧:五力田 白鳥 片平 駅の一覧:五月台
出典
- 川崎市委託事業報告「川崎市北部 多摩区・麻生区の町名の移り変わり」(日本地名研究所、2018年)(五力田・白鳥・片平の項。駅名の由来、石高、宅地造成、住居表示)
- 小田急電鉄「五月台駅のご案内」(住所、設備、駅係員の時間)/同「駐輪場・駐車場」/同「ODAKYU HANDBOOK 2021」p.45(五月台駅の開設日 1974年6月1日、住所の表記)
- 小田急電鉄「鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか」(2025年度)
- 川崎市麻生区「麻生区内バスルートマップ」と、そのPDF「バス路線図・バス乗り場」(2026年)
- 川崎市麻生区「麻生区役所のあゆみ」(2024年3月27日更新。1974年の駅の開設、1982年の区の誕生)
- 川崎市「収集日一覧(多摩区・麻生区)」(2026年4月1日更新)
- 川崎市「麻生区の小学校 町丁名順一覧」(2017年11月20日更新)/川崎市「麻生区の中学校 町丁名順一覧」
- 川崎市立片平小学校のホームページ(2026年度の児童数、住所)
- 鉄道ファン・railf.jp「小田急電鉄でダイヤ改正」(2025年3月16日掲載。報道。公式の原本は確かめられませんでした)
- 私たちの記事:麻生区の7駅は、標高差が約64m(国土地理院の標高データ)
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